2008年1月29日 (火)

「スウィニー・トッド~フリート街の悪魔の理髪師」を観て来ました

2 ジョニー・デップとティム・バートン。二人が組めば必ず何かが起こる・・・

*あらすじ* 19世紀のロンドン。フリート街で理髪店を営むベンジャミン・パーカー(ジョニー・デップ)の幸せな日々が、ある日突然打ち砕かれた。悪徳判事ターピン(アラン・リックマン)に無実の罪を着せられ監獄へと送られた。15年後、ベンジャミンは“スウィニー・トッド”と名前を変えてフリート街に戻って来る。しかし、大家のミセス・ラベット(ヘレナ・ボナム=カーター)から聞かされたのは、耳を覆いたくなるような妻ルーシー(ローラ・ミシェル・ケリー)と娘ジョアナ(ジェイン・ワイズナー)のその後。「必ず復讐を遂げる」と語るトッドにミセス・ラベットは売らずに保管しておいたという彼の理髪道具のカミソリを渡し、以前と同じようにパイ屋の2階で理髪店を始めるように勧める。フリート街に再び開いた理髪店。商売道具のカミソリを手にスウィニー・トッドの復讐が始まった・・・・

スウィニー・トッドは元々、劇場で演じられていたミュージカルでした。それをティム・バートンが2時間の映画にしてしまいました。映画が始まるとすぐにカミソリから滴り落ちる血が椅子や歯車を伝って下水に流れ込みます。最初からもう血なまぐさいんです。そして画面は明るさが無く、周りの建物や人物も色がくすんでいるんです。妙にトッドの髪の白髪の部分が目立ちます。この白い部分は精神的外傷を意味しているらしいです。ミュージカルだけあってみんなが歌ってます。この映画では歌の吹き替えは無かったみたい。ジョニー・デップは“The Kids”のギタリストだった経歴を持っていますが、歌を歌うのは人生で初めての経験だったそうです。ジョニーの歌声が聴けます(笑)猟奇的でグロテスクですが、そこにあるのは純粋な愛なんです。二転三転する復讐劇は思いも寄らない結末に辿り着きます。愛した人の為に遂げる復讐。愛ゆえの悲劇を描いている作品です。

ミセス・ラベットは「チャーリー~」で競演したヘレナ・ボナム=カーター。全ての発端を作り出した悪徳判事ターピンに「パヒューム/ある人殺しの物語」のアラン・リックマン。その子分バムフォードに「ハリー・ポッター」シリーズのティモシー・スポール。派手好きな理髪師ピレリに「ボラット~」のサシャ・バロン・コーエンと歌える演技派、個性豊かな面々が揃っています。

舞台となった19世紀のイギリス社会は産業革命後で農産物や原料を輸入して工業品を生産して世界各地に輸出する「世界の工場」だった。首都ロンドンには職を求めて人口が集中したが、低賃金の労働者と工場経営者の貧富の格差は想像以上に大きかった。上流階級は「世界の工場」からの見返りで豪勢な暮らしが保障されていたが、治安の悪いスラム街でその日暮らしをせざるをえない下層階級も多かった。また、凶悪で猟奇的な事件も後を絶たず、残忍な事件が起こるとマスコミは競って採り上げ、民衆は裁判や公開処刑へ出かけていった。それはあたかも芝居見物に行くような気分だった。ある意味では殺人事件がいわば国民的娯楽となった時代だった・・・・。

血が駄目な人は観に行かない方がいいです。始まりから大量の血しぶきですから。復讐を始める頃から何度も血しぶきを見る事になります。監督であるティム・バートンはホラー映画の愛好家らしくて今回の映画でバートンは血に飢えています。血染めのバートンが帰ってきたと言われるほど・・・。バートンの映画は常に子供じみた残虐さに満ちていると評されていますから。

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2008年1月 7日 (月)

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見てきました

土曜日はdarlingと久々にデートでした。それもdarlingが見たいと言っていた映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見に行きました。上映期間が11日までと迫っていたので時間の取れた土曜日の夕方から映画デートになりました。

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*あらすじ* 昭和34年、高度経済成長時代に足を踏み入れたこの年。ヒロミ(小雪)を想いながら淳之介(須賀健太)と暮らしていた茶川(吉岡秀隆)のもとに川渕(小日向文世)が再び淳之介を連れ戻しにやって来た。淳之介に対する茶川の強い思いを知り一旦は諦めた川渕だったが、「淳之介が人並みの暮らしをしていないと確証を得たら今度こそ淳之介を連れ帰る」と言い残して帰って行った。鈴木オートでは則文(堤真一)の親戚、鈴木大作(平田満)が事業に失敗したために娘の美加(小池彩夢)を預かる事になった。お嬢様育ちの美加は今までの生活と一変した環境に戸惑いを隠せない。六子は一緒に上京した幼馴染の武雄(浅利陽介)と偶然再会する。

古き良き時代。今のように殺伐とした時代ではなく隣近所が家族のようなあの時代が描かれています。昔はこうだったよね。そうそうこんなのもあったよね・・・昭和の時代を少しでも知っているわたし達やこの時代に青春を謳歌していた年配の人、両親とも話が弾むこと間違い無しの色々な懐かしさがこの映画にはあります。昭和の子供や大人。ファッションや髪型。走る車や電車、飛行機にまで拘って作ってある映画です。

山崎貴監督は特撮、それもCGを使った映像作家として様々な賞を受賞しているだけあってCGを使っているとは思わせない自然さを映画の中に出しています。オープニングからゴジラが出てくるのも面白かったし、羽田空港や飛行機のDC-6B、特急こだま号のシーンなんかはとてもバックがCGとは思えません。DC-6Bって今でもアラスカで飛んでいるそうです。音だけはアラスカまで録音しに行ったんですって。

「美加ちゃんが来たからお肉を奮発しちゃった」と言うトモエに美加が「すき焼きのお肉は牛肉でしょう。これ豚肉じゃない」って言うシーンがあるんです。お肉が牛肉でなくて豚肉の時代もあったんですよね。これって30年代は普通だったのかも。内風呂が無くて銭湯に行く時代。洗濯板がまだあり、洗濯機にはローラーがついていて洗濯物を絞るなんて・・・わたしでも経験した事ないです。自転車の三角乗りにベーゴマならまだついていけますけどね(笑)こんな「懐かしい」と思わせる映画だから客層も年齢が高かったです。

六ちゃんが友達と見に行った映画が「嵐を呼ぶ男」。映画館から出て来る男性が何故かみんな肩を怒らせて裕次郎みたいに歩いているのがおかしかった。この映画館の出入り口のシーンは宇部市で撮影されたんです。宇部にある「渡辺翁記念会館」で行われたんです。エキストラも360人参加したらしいです。う~ん、長いシーンじゃないけど嬉しいですね。笑いもいっぱいですが、最後には泣かせてくれる映画でした。今年もたくさんの映画が見られるといいな~と思っているわたしです。

原作の西岸良平さんが「ビッグコミックオリジナル」で連載されている「三丁目の夕日」はとてもほのぼのとしているんですが、30年代の世の中を色々な視点から描いている漫画です。わたしはこの時代は知らないけれど懐かしいと思う事も多いのですが、darlingにとっては馴染み深いものもあるようです。そして驚いた事にテツにとってはとても新鮮で面白いそうです。「三丁目の夕日」はテツの愛読書でもあります(笑)

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2007年9月25日 (火)

「ミス・ポター」を観て来ました

世界111ヶ国、1億人もの愛読者がいるピーターラビット。わたしもそのピーターが好きな一人です。

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「ミス・ポター」は世界で最も有名なうさぎ「ピーターラビット」の生みの親であるビアトリクス・ポターの物語です。

*あらすじ* 1902年のロンドン。新しい世紀が始まってもまだ、封建的な空気が漂っている時代。上流階級の女性が仕事を持つことなど考えられなかった時代に、アーティストとして生きようとしていた一人の女性がいた。彼女の名前はビアトリクス・ポター(レニー・ゼルウィガー)。父のルパート(ビル・パターソン)は裕福な法廷弁護士。独身のビアトリクスは何不自由のない生活を送っていたが、彼女には諦めきれない夢があった。絵本を世に出そうとするビアトリクスはスケッチブックを持って出版社を訪れた。ビアトリクスの絵本の出版を承諾してくれたウォーン社の兄弟は末弟のノーマン(ユアン・マクレガー)をビアトリクスの担当にあてた。ビアトリクスの運命が動き出した。ノーマンと出会った事でビアトリクスは真の理解者を得て才能はますます花開き始めた。

ビアトリクスがシャペロン(付き添いの女性)と一緒に不安そうに出版社を訪れていた時の顔が本の出版から真の理解者となったノーマンと一緒に印刷所に通う日々の間に明るく変わってくるんです。結婚を意識した事も恋をしたいとも願った訳でないのにビアトリクスの上に突然、初めての恋が舞い降ります。画面の中のビアトリクスが生き生きと語るピーターの物語にノーマンは魅せられていきます。真の理解者が現れるとこんなにも女性は変われるし、創作意欲までも増して来るんですね。ビアトリクスの部屋にはたくさんのピーターの仲間達の絵が掲げられています。ビアトリクスの目には全てが生きていて動いているんです。ピーターもあひるのジマイマも。スクリーンの中で描かれた絵が動くのがとても可愛らしいんです。

母親の気持ちを理解出来ないビアトリクス。ビアトリクスが自分の諦めてしまった夢を叶えようとしていることを見守る父親。父親は本を出版した娘が誇らしいのに母親は結婚しない娘が評価出来ないんです。母親との価値観の違いに反発してしまいます。絵を理解してくれる父親への親近感がビアトリクスの慰めだったようです。1900年代初頭、ビアトリクスが生きた時代の女性を丁寧に再現しています。衣装、住宅、家具の中には贅沢なドラマに見えますが、厳しい現実と残酷な現実をも織り交ぜながら様々な思いを込めて描かれています。

ビアトリクスは自然の中に生きるものを美しいと思うからスケッチするんです。こんなに愛らしい動物達を描いて多くの人々に愛される本となったのも頷けます。だからこそイギリス湖水地方の自然を守ろうと思ったのでしょう。そして自分の印税を湖水地方を守る為に使う事を躊躇わなかったビアトリクスの精神は今も受け継がれているようです。豊かな自然を残している湖水地方はわたしの行きたい地方の一つです。この映画の撮影はナショナル・トラストの全面的な協力を得て、ビアトリクスが人生の殆んどを過ごした湖水地方で行われたそうです。美しい湖水地方に魅せられる事、間違いなしです。

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2007年8月 1日 (水)

「西遊記」を見て来ました

2 「西遊記」を見て来ました。テレビシリーズは全て見ていたので今度は映画に行って来ました。テレビシリーズよりスケールアップしても「愛」と「なまか」と笑いがイッパイ詰まってました。

* あらすじ * 炎天下の砂漠に果てしなく続く天竺大雷音寺への道を歩いている三蔵法師一行は旅の途中。歩き疲れ、水は尽き、思いつくままの不満を言う悟空(香取慎吾)が売ったケンカを買う悟浄(内村光良)八戒(伊藤淳史)それをいさめる三蔵(深津絵里)。そんな一行の前に巨大な墓が出現する。その巨大な墓に駆けつけて来た大騎馬隊とそれを率いる美しい少女に一行は出会った。そして小さな町、虎誠(フーチェン)を見つける。その町では三蔵法師が求められていた。驚く一行に赤いマントに身を隠した拳士に襲われた。拳士の正体はフーチェンの女王、玲美(多部未華子)だった。王宮で一行を待っていたのは妖怪の呪いで亀に変えられた王(三谷幸喜)と王妃だった。玲美は悟空たち一行に金角(鹿賀丈史)銀角(岸谷五朗)という妖怪退治を依頼する。

西遊記の中でも有名な最大の敵、金角・銀角、そして魔法の瓢箪のエピソードの映画化です。出演はテレビシリーズ同様に香取慎吾、内村光良、伊藤淳史、深津絵里の三蔵法師一行に加え水川あさみ、大倉孝二のレギュラーメンバー。新たに多部未華子、谷原章介、小林稔侍、鹿賀丈史、岸谷五朗の豪華キャストが集結しています。王様役で三谷幸喜が、ニセ悟空に南原清隆、ニセ悟浄に草彅剛、ニセ八戒に猫ひろし、ニセ三蔵法師に倖田來未も出演しています。倖田來未のニセ三蔵法師はセクシーな衣装。ニセ八戒は豚なのに「ニャ~」と鳴きます。ニセ悟浄は頭に皿を載せただけで妙にナヨっとしているんです。ニセ悟空は如意棒ではなくて“木の棒”を振り回します(笑)王様の三谷幸喜は少ししか出てませんが、ちょっと面白いメイクなので見逃さないで。

劇場版では巨大なオープンセットを作ってのロケもあったようです。ロケ地は西夏王陵がある銀川。ここは今、世界遺産の登録申請中で本格的な映画の撮影は今回が最後になる可能性が高いんですって。もう一つのロケ地は「横店影視城」という映画のテーマパークにある実物大に作られた“秦王宮”。撮影用に13の建物があり、アジア地域では最大の撮影スタジオだそうです。「始皇帝暗殺」「英雄」「プロミス」などがここで撮影されたんですって。

「一度、約束したことは破っちゃいけない。最後まで約束を果たすんだ」「“なまか”が居る奴がこの世で一番強いんだ」とやっぱり悟空語録が心にジーンと来ます。最先端技術を駆使して、ドラマ史上前代未聞の大型セットなどでわたし達の興奮を掻き立てます。その中にある“仲間を大事にする心”“人を信じる心”という大切なテーマは劇場版の中にも盛り込まれています。全編を通して笑いが多い作品です。

夏休みだから子供連れの人が多かったです。小さな子供でも楽しめる作品になっています。でも、大人も楽しめます。どうぞ劇場に足を運んで下さい。

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2007年7月24日 (火)

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を観て来ました

Photo_34 ハリー・ポッターシリーズの最新作「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を見てきました。

*あらすじ*  ホグワーツ魔法魔術学校の五年生となったハリー(ダニエル・ラドクリフ)は闇の帝王ヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)の復活を目撃し、セドリック・ディゴリーの死を目の当たりにした。しかし、魔法省はハリーがヴォルデモート卿と闘った事実があるにも関わらずその復活を認めない。ハリーを信じようとしない魔法省と魔法界の人々。ハリーを信じてくれたのはロン(ルパート・グリント)ハーマイオニー(エマ・ワトソン)少数の人と秘密同盟「不死鳥の騎士団」のみ。そんな折、魔法省はダンブルドア校長(マイケル・ガンボン)とホグワーツを監視する為に「闇の魔術の防衛術」を教える新任教師としてアンブリッジ(イメルダ・ストーントン)をホグワーツに送り込む。ハリーと仲間達は「ダンブルドア軍団」を結成して生徒による秘密訓練を開始する。ハリー達「ダンブルドア軍団」と「不死鳥の騎士団」はヴォルデモート卿との闘いに挑む。果たしてハリー達はこの戦いに勝てるのか・・・

前作「炎のゴブレット」でヴォルデモートが完全復活して、セドリック・ディゴリーが目の前でヴォルデモートに殺されるのを見たハリー。5年生になったハリーは魔法新聞を信じて自分を信じてくれない同級生やホグワーツの生徒達の冷たい視線に苛立ちを覚えます。どうにもならないもどかしさや苛立ちがハリーを一層、孤独にさせます。大人になる途中で抱える悩みや反発、窮屈さを感じるハリーがいます。今まではファンタジーや冒険が中心でしたが、今回は思い通りにならない世界でいかに自分を貫けるか・・・という複雑、微妙さが含まれています。

アンブリッジの支配力が日に日に増す中で生徒の反発は強くなる中で優等生のハーマイオニーが初めて反抗するんです。そのハーマイオニーに乞われてヴォルデモートと闘ったことのあるハリーは「闇の魔術から身を守る呪文」をホグワーツの仲間に教える先生ります。この生徒達の有志で作った秘密結社「ダンブルドア軍団」を結成します。「ダンブルドア軍団」の中にチョウ・チャン(ケイティ・リューング)も居ます。さてハリーの初恋はどうなるのか。「ダンブルドア軍団」の中に初めて登場するルーナ(イバナ・リンチ)はとてもユニークなキャラクターです。この作品には今までに無い壮絶な決戦の場面が有ります。これから熾烈を極めるであろうヴォルデモート卿とその支持者達を相手にした闘いの序幕と言えそうな闘いです。

ルーナって本当に面白いキャラクターです。何だか頭が弱そうで「変わり者」って呼ばれて居るのですが、洞察力があり賢くてしっかり者なんです。それに可愛い。それに比べていつもピンク色の服を着ているアンブリッジ先生の生徒いじめのすごい事。見ていて「あ~早くこの女を誰かやっつけて!」って思うほどです(笑)言い換えれば「クソババア」的なキャラです。今回はハグリッドがちょっとしか出てきませんし、クディッチの試合も無しですが、違う意味で楽しめる作品です。

これから先の展開が楽しみになります。本の方は日本語に翻訳されているのは「ハリー・ポッターと謎のプリンス」までですが、英語版は最終章まで出版されています。早く最終章が読みたいと思っているわたしです。

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2007年6月15日 (金)

「300(スリーハンドレッド)」を観て来ました

3002 ギリシアの小国スパルタがギリシア連合軍とペルシア遠征軍の戦闘を描いた「300(スリーハンドレッド)」を観て来ました。

*あらすじ* 紀元前480年、スパルタの王レオニダス(ジェラルド・バトラー)の元にペルシア帝国からの遣いが来た。1000もの国々を征服した大帝国ペルシアが次なる標的に選んだのがスパルタをはじめとするギリシア。ペルシア王クセルクセス(ロドリゴ・サントロ)の使者は土地と水を差し出し、服従の証を立てるなら国は滅ぼさないと言う。「服従か死」の選択にスパルタが出した答えは一つ・・・ペルシアの使者を葬り去った瞬間にスパルタは100万のペルシア大軍を敵に回した。レオニダスは託宣者(オラクル)の信託ではなく自分の心に従って300人のスパルタの精鋭を引き連れてテルモピュライの地に兵を進める。そして300対100万の戦いが始まった。

モンテピュライの戦いとはどんな戦いだったのか-紀元前480年8月、南下を進めるペルシア遠征軍とスパルタを中心とするギリシア連合軍との間で行われた戦闘。ギリシア連合軍の軍勢はスパルタの重装歩兵300人を中心に総勢5000人余り。対するペルシア軍は総数200万人以上であったとされる。圧倒的な数的不利にも関わらずスパルタ軍は険しい山が迫る海岸沿いの土地、モンテピュライでペルシア軍を迎え撃つ。狭い道幅を利用して大軍の利点を封じ込め3日間にわたって大軍の進攻を阻止し甚大な被害を与えた。

劇場での予告編やTVのCMでとても興味をそそられていたわたし。今のギリシアと言えばエーゲ海の青い海と白い家、神々の神殿と歴史が残る観光都市。そんなギリシアの古代に起こった戦闘の先頭に立ったのがスパルタの戦士達fでした。スパルタでは発育不良の子供や病気の子供は谷底に捨てられ、成人の儀式では飢えた猛獣に独りで敢然と立ち向かわなければなりません。それを生き残った者だけが一人前と認められる過酷で厳格なルールの下で男達は育てられます。この男達が世界史上類を見ない最強の国家を作り上げます。人を殺す事を何とも思わない男達は戦場で死ぬことが名誉だと教え込まれます。だから彼等に服従も退却も降伏もありません。

レオニダスは国を守る為にいかがわしい神託に背きます。この神託を与える司祭(エフェロス)は欲と妄執に囚われた卑しい者達なんです。レオニダスと共に神託を無視して戦闘に向かう男達は跡継ぎが居る300人の精鋭でした。この300人を支えているのが家族です。そして一緒に戦う者達。スパルタの強さは「結束と信頼そして心」だとレオニダスが息子に教えます。戦場での彼等の強さは首から膝までを隠す大きな丸盾を掲げて自分の左に居るものを守る事。盾で仲間と自分を守り王のためなら命を投げ出す事を厭わない男達が100万の大軍にも怯まず、真っ向勝負を仕掛けます。空を覆いつくして降り注ぐ弓矢さえも豪快に笑い飛ばす。

スパルタは男達だけでなく王妃も強い。レオニダスが「我が王妃」「我が愛」と呼ぶ王妃ゴルゴはペルシアからの使者にも怯まず口を挟んでペルシアの使者を不愉快にさせます。300人だけで戦闘に赴いた夫の為に議会を動かそうと奔走します。王妃ゴルゴがペルシアの使者に対して胸を張って「女がスパルタの戦士を生むんです」という場面は王妃の芯の強さを感じさせます。そしてレオニダスもペルシア王の前で「スパルタの女は強い」と言い切るんです。スパルタって男も女も同等の市民だったそうです。強い国は男だけでなく女も強いんですね。

戦闘シーンでペルシア軍にクセルクセスの親衛隊の不死部隊、怪力男、巨大サイ、巨大ゾウが出てきます。こんな奇妙な戦力も持っていたんですね。強大な国ペルシアだからでしょうね。血が飛び散る古代の戦闘が苦にならなければこんな300人の男達がいた事を知るのも面白いと思います。

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2007年5月25日 (金)

「パイレーツ・・・ワールド・エンド」を観てきました

Photo_30 待ちに待ったパイレーツを観て来ました。これで完結・・・は寂し過ぎます。でも、面白い映画に仕上がっていました。さすがはジェリー・ブラッカイマー。今一度、観たいと思うわたしです。

*あらすじ* 東インド貿易会社のベケット卿(トム・ホランダー) は“深海の悪魔”デイヴィ・ジョーンズ(ビル・ナイ)の心臓を手に入れ彼のフライング・ダッチマン号を意のままに操り海賊達を葬っていく。やがて処刑台に向かう少年が歌い始めた歌が高らかな大合唱となる-♪ヨーホー 掲げろ 髑髏の旗を♪-この歌は海賊達に決起の時を告げる「召集の歌」だった。ジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)を“デイヴィ・ジョーンズ・ロッカー(海の墓場)”から救出する為にウィル(オーランド・ブルーム)エリザベス(キーラ・ナイトレイ)バルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)そしてティマ・ダルマ(ナオミ・ハリス)はシンガポールの海賊長サオ・フェン(チョウ・ユンファ)の元に向かう。目的はサオ・フェンの持つ“世界の果て(ワールド・エンド)”への航路を示す海図を手に入れるため。歌が歌われた今、海賊達に残された道はただひとつ・・・選ばれし9人の海賊長からなる評議会を招集すること。サオ・フェンもバルボッサも“海の墓場”に囚われているジャック・スパロウもその一員だった。

ジャックを取り巻くバルボッサ、エリザベス、ウィルそしてデイヴィ・ジョーンズが奇妙に絡み合って展開するストーリーは最初から息をつかせない。そんな中でも笑いとユーモアーも忘れていない。誰が誰を嵌めたのか・・・裏切り者は誰?こんなに縺れた人間関係も見逃せない。それにエリザベスの恋の行方からも目が離せない。そして過去に起こったもう一つの悲恋が隠されている。で、ジャックを飲み込んだクラーケンはどうなったのかな?これは映画を観に行ってからのお楽しみ(笑)

ジャック・スパロウの見納めは悲しい。でも最高のジャック・スパロウが見られます。それに今まで以上にカッコイイ、ウィル・ターナーが見られるのもおまけかな。それに猿のジャックが妙にいい仕事をするんですよね。どんな結末になっても「パイレーツはパイレーツ」でした。自由を愛する孤高の海賊ジャック・スパロウを忘れられません。捉えどころのないジャック。でも、気付けば誰かを助けていたりする・・・女遊びはするけど女に媚びないジャック。そのクールさがいいですね。もう一度、パイレーツを見に行くと思います(笑)エンドロールで席を立たないで・・・その後にもう一つの愛の物語が待っています。

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2007年5月15日 (火)

「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観て来ました

Photo_29 「特攻の母」鳥濱トメさんの視点で若き特攻隊員たちの真実のエピソードを連ねて描かれた「俺は、君のためにこそ死ににいく」を観て来ました。製作総指揮は石原慎太郎、現東京都知事。

*あらすじ* 昭和19年の秋、太平洋戦争で圧倒的に不利な戦況に陥った日本軍は、米軍のフィリピン攻略を阻止すべく苦渋の選択をする。少ない戦力で敵と戦う最後の手段として戦闘機に250kgの爆弾を積んで敵空母に体当たりする特別攻撃隊を編成する決断をした。最初に選ばれた関大尉(的場浩司)らが作戦を決行するもマニラは陥落した。昭和20年の春、米軍が沖縄に上陸。沖縄を死守する為に鹿児島県の知覧飛行場は陸軍の特攻基地となり、終戦までに400余名の若者達が飛び立って行く事になった。軍指定の「富屋食堂」を構える鳥濱トメ(岸恵子)は特攻隊員から母のように慕われていた。特攻隊員を引き止める事も出来ず、複雑な想いを抱いたままトメは慈愛の心で隊員達を見守っていた。知覧で飛行訓練を受けた板東少尉(窪塚洋介)や朝鮮人でありながら特攻に志願した金山(前川泰之)、出撃と帰還を繰り返す田端少尉(筒井道隆)、その田端を臆病者と殴り倒す中西(徳重聡)等のエピソードを交えながら物語は進んで行く。

知覧は元々、少年飛行兵(15~18歳)の養成場だったそうです。日本の敗勢が濃厚になって来た時に学徒動員が行われて大学から志願して士官候補生となった学徒兵も知覧に合流したんです。特攻兵達は「志願という形の命令」によって全国から集められます。特攻隊員達は知覧に集まり、早ければ2~3日で沖縄に向けて飛び立って行きました。その僅かな滞在期間の憩いの場が「富屋食堂」だったそうです。

鳥濱トメさんは特攻兵達へのせめてものはなむけにと私財を売り払って酒、米、砂糖、小豆などのヤミ食材を調達。トメさんの分け隔ての無い愛と優しさはどれほど特攻隊員の心に残った事でしょう。そして憲兵に対しても「明日、死にに行く若者達に門限や検閲が必要なのか」と食い下がる場面もあるんです。トメさんのこの言葉は「遠い昔のことかも知れもはんが、いつまでん忘れる事ができもはん。みんな素晴らしか、美しか若者たちでございもした」飛び立って行った若者がいつまでも美しくトメさんの心に残っていたのが良く解ります。

-知覧-=特攻の基地というイメージがあったわたしです。あの時代、戦局が悪化の一途を辿っていた時に国を守る為、祖国の父母、兄弟、愛する人を守る為に懸命に生き飛び立って行った特攻隊員達。死にに行く若者を涙で見送った父母、兄弟、恋人達はどんな思いで特攻隊員を見送ったのだろうか?そして何を思っていたのか、と思うと胸に迫る物があります。涙が出て画面がぼやける場面も多々ありましたが、特攻に向かう若者達は誰もが守りたい物があるからこそ、特攻として出撃できたのだと思いました。悲惨な戦争を繰り返す事をわたしは望みませんが、戦争を体験した世代の人々から戦争を知らない世代に戦争、特攻、当時を必死に生き延びた人々の記憶は語り継がれなければいけないのだと思いました。

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2007年5月 1日 (火)

楽しみが増えました

「BABEL」の中でチエコを演じた菊池凛子さんの演技は凄かった。イニャリトゥ監督自身は聴覚障害がある女優を起用しようとしたそうです。だからオーディションに来た菊池凛子の才能に圧倒されながらも、一旦は彼女を諦めたんだそうです。女優を探すのに9ヶ月をかけ、何百人もの女優をオーディションしてもイニャリトゥ監督の心から離れなかったとか。菊池凛子と言う女優はそれほどの才能なんですね。役が約束されていた訳でもないのに菊池凛子は手話の訓練を始めていたそうです。イニャリトゥ監督はそれを知り感激して菊池凛子を採用したんだとか。イニャリトゥ監督に「彼女を選んだことは、僕がこれまでにしてきた判断の中でも、最も優れたものだった」と言わせた菊池凛子と言う女優のこれからが楽しみなわたしです。

楽しみといえば3日から四国方面に旅行に行くこと。鳴門に一泊して小豆島に渡って一泊して来ます。今回の旅行は車で移動します。行き当たりばったりの好きなdarlingと一緒だらか面白い筈。さてさて今回はどんな旅行になることか。写真やブログアップも考えていますから暇があったら覗いて見て下さい。

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2007年4月30日 (月)

「BABEL(バベル)」を見て来ました

ゴールデンウィーク中の映画館はごった返していました。幼児から中高生までが大半を占めていました。今は何が上映されていたかな?「クレヨンしんちゃん」?「名探偵コナン」?それとも「ポケモン」?「コナン」は午前中の上映分のチケットは完売でした。

Babel_1 * あらすじ * 始まりはモロッコの少年が放った一発の銃弾だった。モロッコの山村で暮らすアブドゥラは生活の糧である山羊をジャッカルから守るために一挺のライフルを買い二人の息子、アフメッド(サイード・タルカーニ)ユセフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)に渡した。山羊番をしながら二人は試し撃ちを始めるが、全く当らないアフメッドに代わってユセフが眼下を走るバスを狙い撃ちする。撃たれたのはバスに乗っていたアメリカ人夫婦の妻、スーザン(ケイト・ブランシェット)。スーザンは夫のリチャード(ブラッド・ピット)と気乗りしない旅の途中だった。二人は見失った絆を探す為に旅行に来ていた。アメリカに残ったスーザンとリチャードの子供達にも事件の影響が及ぶ。息子の結婚式に出席する予定のあったメキシコ人の乳母アメリア(アドリアナ・バラッザ)マイク(ネイサン・ギャンブル)デビー(エル・ファニング)を連れて息子の結婚式が行われるメキシコへ向かう。白井名人に預けるよりも連れて行く方が安全だと考えたアメリア。モロッコでスーザンを狙撃したライフルの書類上の所有者はヤスジロー(役所広司)だと判明する。モロッコにハンティングに行った時にガイドをしてくれた男にお礼としてライフルを譲っていた。ヤスジローは妻を自殺で亡くし聾唖の娘チエコ(菊池凛子)は母親の自殺のショックから立ち直れずに父親に反抗する。障害を持つチエコにとって自分の気持ちを伝えるのは簡単なことではなかった・・・・3つの国の出来事が4つの国を巻き込んで行く。

Babel_2 「バベルの塔」とは神に反抗的で名を揚げることが動機の高慢で傲慢な人々が築き始めた塔の事です。

この映画で使われているBABEL(混乱)の始まりの地でもありました。聖書の創世記11章1節には「全地は一つの言語、一式の言葉のままであった」とあります。この時はまだ、言語は一つでした。

しかし4節では「我々の為に都市を、そして塔を建て、その頂を天に届かせよう。そして大いに我々の名を揚げて、地の全面に散らされることの無いようにしよう」と人々は反抗的で神よりも名を揚げるための塔を築こうとします。

これを見た神が7節で「さあ、わたしたちは下って行って、あそこで彼らの言語を混乱させ、彼らが互いの言語を聴き分けられないようにしよう」と言われます。

9節に「それゆえにそこの名をバベルと呼ばれた。そこにおいて神は全地の言語を混乱させたからであり、神は彼らをそこから地の全面に散らされた」とあります。バベルとは「混乱させる」という意味を持つ動詞バーラルから派生した言葉です。

現在の世界情勢はどうだろうか?BABEL(混乱)が象徴するような世界になって居ないだろうか?同じ言語を話す人にも思いや心が通じないもどかしさ。他の言語を理解出来ない為に生じる誤解。自分中心的な考えが他の人から自分を隔ててしまう悲しさがBABELの中には描かれている気がします。同じ国、文化、言語であってもコミュニケーションの難しさを感じるのは何故だろうか?こう考えると他の言語が本当の意味での境界線ではないと解ってきます。境界線は人々がお互いに対して関心を示さず気遣いを欠いているからではないだろうか?根本にある愛が欠けているからだと思います。映画の中で同じ言語の人と分かり合えずに苦しむリチャードが居ます。そのリチャードを理解するのはモロッコのガイドや現地のモロッコ人です。そして聾唖の少女には手話と言う言語しかありません。だから一般の人と交われない孤独や気持ちを伝えられない悲しみが画面から溢れ出ています。人と人が繋がる時に何が必要になるのだろうか?と今一度、考えさせられました。わたしは人と交わる時に自分から隔たりを作っていないだろうか?と自問したくなりました。夫婦が、親子が、乳母と子供が繋がるのは言葉ではありません。温かでしっかりとした「愛の絆」です。痛みの多い今、この世界に本当に欠けているのは「愛」だと気付かされる映画です。

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